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あさじむおう

Author:あさじむおう
文章荒れまくってるブログですが
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おおかみこどもの雨と雪
超ネタばれなので、以下はクリックしないでください。
観ようと思っている方は、まずはなんの先入観もなく観てから、どうぞ。
多分、見る前だと先入観与えちゃうんで……。

いや、面白い映画だとは思いますよ!


・二人の恋愛の様子が昭和過ぎないか? か、神田川? (途中、免許証の年月日を確かめてしまいましたが、発行が平成21年らしい)
・こどもが出てくるまでが、ものすごく泣かせドラマ系の邦画っぽいのは、ターゲットがそういうのを見る層だと解釈すべきなんでしょうか?
・その邦画っぽさが、昭和を加速させている感じが。結構、アニメファン的な人や、若い人やカップルが観客に多かったんですが、果たしてついてこれるんだろうか……と、正直、心配にもなりました。僕より二十ぐらい年上でついてこれるノリの気がしないでも……。
・「おおかみおとこ」の遺体を持っていくゴミ収集車は、正直に言えば「ここ笑うとこ?」と戸惑ってしまいました。ご丁寧にも機械が作動して中に収納されるところまで描くのです。悲惨さの強調の意図があるのか、リアリズムなのか、ホラー的エンタメのツカミのシーンなのか、判断しにくい……全体を通して、その判断しにくさが、この映画の「もやもやする」所だと思います。
・ワケありの子供を育てるシングルマザーという、一歩間違えば「誰も知らない」状態になりそうな、かなり重い話なんですが、その苦労をアニメ的演出のなぜかさわやかなコミカルなノリで見せているのは面白かった。実際の所、社会派的な邦画は、シリアス一辺倒でやると逆にわざしらしさや大げささを感じる事が少なくないと思います。「半落ち」とか。
・廃屋にやってきて、かけまわっている雪のシーンは、トトロのオマージュなんだろうか? と思うぐらいにトトロっぽかったです。
・気がつくと農業生活アニメに。「グスコーブドリの伝記」でも同じように素人農業の失敗シーンがありました。
・田舎暮らしの自然のリアルさには、こだわりを感じました。
 ・ヤブ蚊のうるささ
 ・雑草がボウボウという感じの植生
 これはもしかしてジブリアニメに於ける「田舎の自然」という幻想へのアンチテーゼであり、「田舎暮らしの現実」や「厳しさ」や「苦労」を見せるという意味があるのだろうか、と邪推もしました。
 そもそもエコや自然を賛美する虚構の作品へのアンチテーゼとして「田舎暮らしの大変さ」「現実」を見せてやる、という発想自体が、きわめて記号的な発想であって……という部分は置いときます。
 農作業の細かさや田舎の近所付き合い等に、それがある程度理想化された画一的な描写だというのはまた置いとくとしても(シビアにやったら鬱な映画になります)、確かにリアリティも感じはするのですが、なんか妙に「もやもや感」が残ります。
 なんでなのか考え込んでしまったのですが、おそらくは

・そのすさまじい廃屋が、よく女手ひとつでそこまで奇麗になったな!?
 とか
・おおかみおとこの貯金はいったいどんだけあったんだ!?
 とか
・ごく近くにある場所から入れる本物の「大自然」の方は、どこか夢想的な部分がある気が
 とか
・不便な土地だと登場人物たちは口では言っているけれども、死にかけてる訳でもないのでそこまで苦労しているようには見えない
 とか
 そんなファンタジーな「アニメ的な部分」が、「田舎の生活の苦労」を観客に教える?リアリズムの部分と衝突しているんじゃないかと思います。
 そして、この「アニメ的な部分」がエンタメとして面白く描けているのです。(笑)
 後の方では車に乗ってましたが、自転車で人里?の方へ行ってへとへとになって帰ってくるシーンとか、妙に爽快です。
 元々、花はエコな暮らしがしたくて田舎に来た訳ではなく、都会ではもう暮らせないから仕方なく田舎へ来たので、とりたてて自然が好きだとか子供の教育にいいとか、そういう思いがないので車に乗っても不整合はないのですが、なにか妙に「もやもや感」が残ります。なぜだろう……。
 後のストーリーが、「人間(人間社会)」or「おおかみ(大自然)」のどちらを選ぶかという話になるのに、大自然とはどんなものか、について整理できておらず、ところが「田舎生活」ではリアルさを打ち出していくので、「大自然」がどこか箱庭的な感じがする……のかな?
 補食シーンのある事が、今まで描かれる事なかった自然のリアルさや生命の循環を……と言うのならあなた! 狐はおおかみに補食されなくていいのか!? とか、そもそも先生は自然を超越しているだろう!? とか。というか、文明と自然のどちらかを選ぶという「社会的テーマ」のための話であるのなら、森の中を束ねる超越者が存在するというのも納得が行きません。
 だから、多分、この映画に於ける「自然」はファンタジーなんです。そういう話じゃないんだろう、と思います。
 でも「田舎生活」の方はリアルに寄せて来て、「現代人のエコとか環境とかの自然幻想」批判みたいな雰囲気も漂ってくるので、もやもやする、と……。
 その箱庭的な感じが、都会っ子の思い描く「自然」の感じに見える理由で、それが恣意的な感じのする理由なんじゃないかと思います。
 たとえば、雨が捕らえた獲物を軒先でガツガツ食っているのを見てドン引きする花、みたいなシーンがあれば、これが自然なのね、と理解できる気がするんですが、それをやるとこの映画の最大の魅力である、さわやかさが損なわれます。

 つらつらと書いてしまいましたが、まとめて書きますと

 多分、基本的には「お母さんの子育て物語」……なんだろうとは思います。
 いや、「生きる」という事を描いた物語………………の側面も、ないでもないかもしれません。
 「自立」を描く成長物語…………………………には、ちょっと足らなかった気がしますが、多分、そうです。
 「子育て」を軸に、いろんな物(主にジブリ映画が扱ってきたテーマのあれやこれ)をぶち込んだら、よくわかんない事になったんだけれども、監督としての才能でもってエンターテインメントとして成立しているという、なにかこう妙に「もやもや感」が残ってしまう、要素と要素とが衝突してしまっている気がしないでもない、そんな映画でした。
 考えてみれば、細田監督が降ろされた「ハウル」を作っているジブリのアニメ……宮崎父のアニメが、まさにそういう状況です。(「ポニョ」はどっか異次元に飛んでしまった作品なので除く)
 「サマウォ」は未見なんですが、「時かけ」は話題になっているからという理由で観に行った人からは「やっぱりアニメだな」とか言われる事もあった気がするので、そこからの脱却を目指そうと、がんばったのかもしれません。

 ラストの花の、あの笑顔は、確か辛い時に浮かべるという話だった気がするから(僕の記憶違いかも)、雪が中学の寮に行った時も、今も本当は寂しくて辛いのを我慢してるのかな? という、「人生は我慢の連続だ」みたいな終わり方、という捉え方でいいんでしょうか。それとも「満足」と取るべきなんでしょうか。
 どちらにしても、やはり花の子育てアニメ、として見るのが一番良いんじゃないかと思います。
 かけまわる雪がかわいいとか、ちょいちょい挟んでくる日常的な小ネタコメディが微笑ましくて楽しいとか、それは本当です。
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未分類 | 10:36:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
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