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黒耀石の原産地を探る・鷹山遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」別冊)

黒耀石の原産地を探る・鷹山遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」別冊)黒耀石の原産地を探る・鷹山遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」別冊)
(2004/09)
長門町立黒耀石体験ミュージアム

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 なんか商品紹介の画像がちっちゃい気がしたので、一段、大きい画像にしてみた。
 昨日は、つい脇道にそれまくってしまい、実際、書くのに三時間ぐらいかかっちゃって、「うわーなにやってんだー絵描かなくちゃいけないのにー」みたいな事になっていたので、今日は簡略に。
 あやふやだった所のうち重要そうな所は、一応、「日本人になった祖先たち」を確認しながら書きましたが、このブログは下書きもなメモもなしのぶっつけ本番で書いているので、興味をもたれた方は適切な本を探して読んでみるのがいいんじゃないでしょうか。
 たとえば、「元からいた日本人」とか書いちゃいましたが、これは間違いです。
 旧石器、縄文、弥生時代に日本は存在していません。「日本列島」と後の人たちが呼ぶ土地が存在しているだけです。
 弥生と古墳はこれから勉強していくつもりなんで全然だけど、wikiによると、漢委奴国王印(受験用語)が57年……らしいよ?
 まぁ、とにかく、「日本に住んでる日本人」という概念にとらわれず、「人類が繁殖していく過程で地球上の土地から土地へと移動しているのだ」という前提を頭に置いておかないと全体像を捉えられないわけです。
 サルだか原人だかが元々住んでいて、それがその場所で進化して今の人種になった、という多地域進化説の方が正しかったとしても、じゃーその進化前のサルだか原人だかはどっからやってきたんだ、どこまで逆に辿れば進化の系統樹の枝が合流するんだ、という話になるんじゃないかしら。
 ある場所ではカエルが人間になったとか、恐竜人類は実在するんだ! とかだったらそれはそれで燃えますが。
 ついでに言うと日本列島はあちこちの断片の継ぎ合わせと、今の中国の沿岸にくっついてた頃の海底の土砂の詰み上がりで出来ており……長くなるからまた今度。あやふやだし。資料は持ってるけど、まだあまり読んでない。笑
 とにかく、日本にも旧石器時代に遂に人類がやってきました。
 世界史的には、旧石器時代の後には、中石器時代、新石器時代と続くみいたなのですが、日本では旧石器の後の時代を「縄文時代」と呼んでいます。
 なにが変わったかと言うと土器の出現で、この土器が総じて縄文土器と呼ばれているために、この名前がつきました。
 今、「総じて」と書きました。
 日本最古の土器は付着炭化物のC14測定に福井県水月湖の年縞堆積物による年代較正を加えると、16,652年前±30年(ただし、決定ではないそうな。「サイエンスZERO」情報)のものだそうで、水田耕作の始まりをもって弥生時代とすると、そこから13,000年+500年ぐらい?の間続いているので、その間に様式が変わったり地域差が出来たり、他所の地域の形式が取り入れられたり、色々ある訳です。(+500としたのは弥生時代の始まりがいつかについて揺れているので)
 なお、あんまりにも長過ぎるので縄文時代は
 草創期
 早期
 前期
 中期
 後期
 晩期
 の六つに分けて語られます。実際には「晩期終末期」だとか、「前期中葉」だとか分けられたその上に更に、地域性という要素が加わるので、なんというか……個性豊かです。
 同じ装飾形式でも時代が進むにつれて簡素な文様が過剰になって最後にはまた簡略化していったりするみたいです。アールヌーヴォーも最後はごちゃごちゃになった挙げ句、アールデコが来たので、そんな感じかもしれないですね。文様やモチーフにはおそらくは宗教的意味合いがあったろう、と考察されていたりもしますが。
 
 ……しまった。長い。
 昨日も思ったんだけど、こうやって書いてみると、印象的なトピックについては覚えているけど、基本的な部分についてはあやふやだったりするのが良くわかりますね。こういうのは自分の復習用にいいかも。世界の新石器とか中石器とかはおさえときたい。
 
 さて、この「鷹山遺跡群」ですが、長野県の山の中、標高1000mの場所。
 僕は行った事がないですが、周囲はリゾート地で、スキー場とかあるみたいですね。
 この巻を作成した「黒耀石体験ミュージアム」のある発掘地点に至っては、スキー場の駐車場や施設の建設予定地だったものを、遺跡の重要性を鑑みて長田町が工事計画を大幅に変更し、県道の路線をつけかえ、遺跡の範囲を回避してスキー場を建設したそうです。
 黒耀石というのは、火山の噴火によって出来るガラス質の石で、割り易く、塊から剥離すると鋭い刃となるので、古代には石器の原材料としてよく使われていました。
 そしてこの「高山遺跡群」は、その黒耀石を掘り出し、割って加工し、別の土地へと輸出する、旧石器〜縄文時代の黒耀石鉱山だったのです。
 ・旧石器時代には河原で拾った原石を、石器の素材や石器に加工して、周辺各地へと持ち出した。
 ・縄文時代には、土の中に眠っている黒耀石の塊を掘り出して、石器の素材に加工して、それを持ち出した。
 黒耀石を割ると、割りクズが出ます。
 江戸時代後半に書かれた「会津石譜」には、黒耀石の方言として「星糞」という言葉が載っているそうで、この鷹山地区にある地名「星糞峠」の星糞とは、原石の事ではなく縄文人によって剥がされた割クズの事だったのではないか、と推測しています。
 ……星のカケラは縄文人が捨てた黒耀石の割クズか。なるほど、納得した。
 近くには星ヶ谷、星ヶ塔などの地名も存在し、これらもまた黒耀石の産地なのですが……
 実は、このあいだ行って来た神奈川県歴史博物館で、横浜市都筑区の加賀原遺跡から出土した黒耀石と黒耀石で作られた石器を分析し産地を同定する、というコーナーがあったのですが、縄文中期の後半までは伊豆諸島の神津島、それ以降はほとんどがこの長野の星ヶ塔だと判明したという事でした。
 そう、長野で採掘された黒耀石はから神奈川までやってきていたのですね。
 (ちなみに、石器にする前の黒耀石の塊があったんですが、「装置のケースに入らなかった」そうです)
 これは別に特別な例ではなく、関東地方では長野産黒耀石が好まれていたようです。
 上の遺跡の例だと、すぐ近く(同じ神奈川県)の箱根にも黒耀石の産地はあるのですけれど、箱根産はほとんどないようで、この本でも触れられているように、長野産は黒耀石の「ブランドもの」だったのではないかと推測されています。
 また、埋蔵文化センターの方は「箱根のは質が悪いのではないか」などともおっしゃっていました。
 質以外の何かがあるとしたら、経済的理由か安全上の問題か道路整備上の問題か専門の採掘集団の有無の問題か、はたまた宗教的な意味合いかとか考えちゃいますが、どうなんでしょう。 
 土地勘が働かないんでアレですが、直線距離で12、3キロ?離れた場所(とは言え山越えなので実際にはすごい大変なんじゃないかと思いますが)離れた所には、一般的には御御渡りで有名な諏訪湖、諏訪と言ったら、ミシャグチ様やら御柱やら、縄文土器でいったら、縄文のヴィーナスやら、仮面の女神やら、東北と並ぶぐらいに縄文時代のオカルト暗黒面を放射してくれている地域です。想像は膨らみますね! 「宗像教授異考録」向きの話ですね! ていうか確か長野方面の話はあったな。ドクロになる釣手土器の奴とか。
 
 あああああもう!! 長くなった!!
 大した事書いてないのに、何時間も費やしてこの時間だよ!!
 見直したりするから理解が深まっていいと言えばいいけど。
 次回からはもうちょっと簡潔に行きたいです。
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