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あさじむおう

Author:あさじむおう
文章荒れまくってるブログですが
いつもボロボロになった1日の終わりに
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整える前の文章と整えた後の文章
多忙のためにあんまりブログも更新しなくなってしまった昨今、せっかく久々に長々と書いた(と言ってもツイッターの転載だけど)のだから、いつも世話になっているヤフー映画のユーザーレビューにも転載してみようと思いたち、してみました。

すると、どうでしょう?

ほとんどまったく別物になっているではありませんか?
しかも気がつくと五時間ぐらい経っているのです。
かえせ! 時間を!
汚れちまった海〜♪
(ゴジラVSヘドラ テーマソング「かえせ! 太陽を!」)

ただ、五時間かけただけあって、支離滅裂でも誤字があろうとも平気で放ったらかす傾向のあるこのブログの著者とは思えない、結構まとまっている文章。
最後の最後で映画のタイトルを出すという小賢しいワザまで使っててビックリです。

はじめは、日本人は年に一本も映画館で映画を観ない人の方が多くて、観る人では平均本数年四回ぐらいまでがほとんど、という話や、この映画に於ける人物が記号的存在であるのはなぜかという事を「キャラ崩壊」を糾弾するオタクの傾向から考えたりする話もあったんですが、全カット。
全角で2000字しか書けないので、2.5倍ぐらいあったものを削りまくりました。
あまりの変わりように自分で見ていても面白いので、こっちにも載せてみます。
すぐ下の記事と比べての変化をお楽しみ下さい。

これ、文章の訓練にはいいしブログよりやりがいはちょっとだけあるから、続けて書きたい気もするんだけど、しかし5時間かあ…うーーん…

///////////////////////////////////

日本の総力を結集して作られた怪獣映画

ブログから改変転載いたします。

さてこの映画。
最初のヒヨコゴジラ大進撃と、本気を出したゴジラの破壊光線の凄まじさは爽快です。
このヒヨコゴジラ。気持ち悪い造形は日本的で大変に面白いです。
面白い……んですが、ただ、CGがちゃちい。
いや頑張ってるんですよ? 
日本の総力の結集って感じがビンビン伝わってきます。
日本の総力を結集してようやく「シャークネード」(より、ちょっとだけ上)なんです。
日本になにが足りないんだろう……予算かな? 技術かな? と、遠い目になってしまっていると、ずいぶんと後になって、主人公がこんな絶叫を発するのですよ。
「ないものに期待するな!」
このシーン、笑うところじゃないんですが、製作者の言い訳のようで笑ってしまいました。

さてヒヨコゴジラの辺りまでは、民間人避難シーンのモキュメンタリー調が、うまい具合に正体不明の危機の不安を醸し出していて、これはアリだなと思っていました。
モキュメンタリー怪獣映画と言ったら「クローバーフィールド」。
ひょっとしたら、冒頭は「クローバーフィールド」から「本家ゴジラ」へ、「ゴジラを(アメリカから)取り戻す」という意味合いがあるのかもしれませんね。
……むしろ「クローバーフィールド」を混ぜ込んだまま最後まで行ってくれたら、と思うのですが……。
と言うのも、ですね。
その後、お定まりの民主主義の弊害やら危機管理の煩雑さや稚拙さのせいで事態が悪化、被害拡大に至って首相がようやく「今は有事なので多少の民間人が犠牲になっても仕方ない」と覚悟を決めるのですが、首相が覚悟を決めた途端に被害者ほぼゼロになるんですよ。
でてないんじゃなくて、描かないんです。描いていても切迫感がゼロ。
自衛隊が民間人巻き混む覚悟の総力戦しても、爆風すごいなーぐらいで被害ゼロ。的が大きいので外さないとは言っても、ゴジラが怒って橋壊すだけです。
後には「避難とは国民に生活を捨てさせる事だ」みたいな事を首相代行が言うんですが、ここでも発言にリアリティを感じません。
もちろんこれは311などの被災者を絡めているのではありますけれども、観客の多く、日本の多くの人たち、被災していない人はテレビやネットで流された情報でしか、避難と言うものを知らないんですよ。
情報は実体験ではないからリアルな感覚や感情が伴わず、様々な誤解や心ない暴言、おしかけボランティアなどの問題が起こるんです。
つまり、観客の記憶に避難の辛さは存在しないんです。
だから、残酷な事ですが、苦難がそこにあると言うのであれば、苦しみはなんなのか? 生活を捨てるとはどういう事なのか? それのなにが辛いのか? シーンで観客の感情を揺すぶらなければ、台詞は上滑りになるんです。
しかも、この映画は震災映画でも原発事故映画でもなく、すっとろい巨大怪獣が能のしぐさで歩いてる(たまに興奮して走る)と言うあり得ない状況の映画なのですから、「家の中から出ないでください」とか広報スピーカーから流れてる場面で「えっ!? その辺りまだ人いるの!?」となってはマズいわけです。
ゴジラに家にのしかかられて死んだ家族がいましたけど、ああいうのがもっと欲しいわけです。
また、悪化し続ける状況の中でも主人公たちにはやつれた様子すらなく、シャツが臭いとか寝てないとか、その程度のカジュアルな苦労で、納期前のSEみたいな感じです。
被災地の視察でも同じです。なんかみんな芝居が軽いんですよ。あれは「色々あったけどなんとか仕事が終わったぞ」と言う「みんなのいえ」のラストみたいな時の芝居でしょう。主人公、手合わせてましたけど、慰霊というより合格祈願ですよね。
ゲーム脳ってこういう事かぁ……と思いました。
サイコパスは政治家になると有能らしいですが、あれも政治家のリアルなんでしょうかね?

しかし、ここで主人公の、あの絶叫が、またしてもよみがえってくるわけですよ。
「ないものに期待するな!」
そう、予算も制作期間も役者のキープ時間も、 日本にはないんです。
だったら無名で安くてスケジュール空いてる演技力確かな役者使えばいいんじゃね? きっといっぱいいるよ、と思ったんですけど、それは商業的理由により出来ないんですよね。
一般客を呼び込むためにはハクをつけなくてはならない。ジブリやディズニーが声優に芸能人を使うのと同じです。
この映画は商業的なことを全く考えてなくて素晴らしい!! なんて喧伝もされていますが、そんな事はない。

きっと、この映画自体が、「何を取り、何を捨てるか」で作られているんでしょう。
日本映画の限界・特撮映画の限界、そんなものに対する製作者たちの哀しい戦いを国難に絡めて描いたのがこの映画、『シン・ゴジラ』なのかもしれません。

あ、在来線爆弾はとても面白かったです。経口投与はショボすぎましたけど(笑)。
でも、きっとフクイチのメタファーなんですよね、あれ。




未分類 | 06:13:29 | トラックバック(0) | コメント(0)
「シン・ゴジラ」
 
日本の高年齢オタク向け特撮怪獣映画。 

大体のところはツィートしちゃったので、ツイッターからちょこっと直して転載します。
まず総評。

 「邦画娯楽映画の中では頑張ったものの、要素だけを見て心酔してしまうオタク受け狙いの域を出ることはできず、キャラクターの人間味・市井の人々の湿っぽい描写が苦手と言う弱点を避けてカットしまくった事が、全体の出来を落としてしまっており、また、観客を飽きさせてしまっている。
 それらの戦略は、映画の中での日本のように色々な限界のある邦画にとって、オタクと言うコア層を呼び込むためのものとしては正しいが、それは同時にオタクの脊髄反射的な口うるささで作品としての難点を目立たないように、あるいは指摘させないようにする、という事。日本娯楽映画の最大とも言える弱点をオタクの力でタブー視させてしまうのは、よろしくない」

 以下、ネタバレ含むのでネタバレが嫌な人は読まないように。

 まず、最初の方のヒヨコゴジラ大進撃と、覚醒ゴジラの破壊っぷりは爽快。全シリーズ見てはないけど、シリーズの中でも傑出してるんじゃないだろうか。なんか巨神兵みたいだけど!(笑)
話の主体を政府に焦点を合わせるのって、84年のゴジラもそうなんだけど、その点は向こうよりは成功してる感じ。
でも政府ばっかり描きすぎて、途中から政府頑張ってるんだよ! ばかりになってしまい、これじゃ、安倍政権プロパガンダと言われるのも無理はない。緊急事態条項とかかしましい昨今だしね。
例えば総理に詰め寄るカットが総理主観視点になっていたりするんだけど、まあ「難しい判断の追体験」みたいな意味合いがあるんだろうな、旧エヴァの「気持ちいい?」を知ってる人…でなくても考えるわけですよ。その辺りの安直さが鼻につく。
でもって、ヒヨコゴジラの辺りまでは、民間人避難のモキュメンタリー手法がうまい具合に正体不明の危機な感じの不安を醸し出していて、これはアリだな。クローバーフィールドと本家怪獣映画の新しい融合か、と期待できるんだけど、お定まりの民主主義の弊害で自体悪化、政府が覚悟を決めて、決めた途端に被害者ほぼゼロですよ! でてないんじゃなくて、描かないの。いや描いてたかもしれないけど、切迫感がない。まあゴジラシリーズ僕が見た何作かの中ではたいがいそんな感じだった気もするんだけど、リアルにやりたいんならそこは描かなきゃダメでしょ
と言うよりも、(樋口監督の)日本沈没を観ていても、(庵野監督の)エヴァを観ていても、そういう民間人の可哀想的なドラマ部分を描くのは苦手で、多分、入れてもいい感じにならないからまるごと切っちゃったんじゃないかと思うんだけど、どうなんでしょ。ゴジラにビルにのしかかられて死亡した家族は良かったけど。
これは、人類存亡のシチュエーションは描けるけど、全滅か生存かみたいな極端な状況以外には想像力が働きづらいという、オタクカルチャー作品で育った人たちの弱みにも見える。
まさに「人生に、文学を。文学を読まずして、なにで人生を想像するのだ?(アニメか?)」って事ですよ。
いや文学読んで想像する人生というのもそれはそれでどうなんだ? と言う気もしますけれども。(笑)
そんなわけで、自衛隊が民間人巻き混む覚悟で総力戦でバカスカ攻撃しても、爆風すごいなーぐらいで被害ゼロ、的が大きいので外さないとは言っても、ゴジラが怒って橋壊すだけので、そりゃあ政府広報みたいな映画にもなります。君らの覚悟はそんなもの? いや君たち自己陶酔してません? みたいな見えちゃう。これはもう、最後までそう。
でまあ、定まりの米軍がやってくるわけですが、まあ僕も劇中の明らかに死亡フラグ立てまくってる大臣と、まったく同じ事を思いました。さすが米軍だ、と。
で、その攻撃のおかげでゴジラが覚醒してくれて、「ゴジラの進路近くの人はさっさと逃げたらいいんじゃないかな……」と見てる間ずーーーーーーっと思ってた疑問が「あ、こりゃダメだ」と、ようやく、溶解する。
まあ分かってる展開なんですけども。(笑) 
もっと後になってから台詞で「避難は国民の生活を捨てさせる云々」と総理代行が言うんだけど、遅い。あと基本的に自衛隊すごいみたいな避難民搬送の絵しかないので、リアリティがない。
日本国民の記憶に依存してるなら、それは甘えだ。劇中の誰が、生活を捨て、誰が辛く哀しい想いをしましたか? っつーか仕事だけで生活してないし。
とは言え。
とは言え、ですよ?   散々けなしてますけれども、この映画自体が、きっと「何を取り、何を捨てるか」で作られてるんですよ。
少なくとも庵野氏は発表当時、日本映画の限界を認識した上でどうにかする方向みたいな事を言ってました。
なので、途中からほぼ会議と作戦だけで軍オタや昔のアニオタじゃないとつまんな……飽きるのも、被害者たちの阿鼻叫喚の地獄絵図がなくって、主人公が言われる「お前が落ち着け」に思いっきり同意してしまうのも、そんなんいいからさっさと東京に核ミサイル落とせよ!! と心底願ってしまうのも、予算と撮影日数の足りなさのせいなんでしょう。日本映画の限界というか特撮映画の限界というか、そんなものに対する闘いを国難に絡めて描いたのが『シン・ゴジラ』なのかもしれません。

●あと様々な感想とかウケた小ネタなど

・世代的には米国の属国日本とか、そういうシチュに燃えるんだろうけど、延々と戦後やってるのはむしろオタな人たちなんでは、と思った。
・いっそ韓国か中国、台湾あたりに難民させたらもっと現代的に……あ、出てきたの東京湾か。
・科学的アレコレ、早口すぎて聞き取れなかった! しかし極限環境微生物とか出てきて高井さんのとこにでも取材に行ったんだろかと言う気に。なにげにスパコンは京でなく、JAMSTECのシール貼ってあったけど今の地球シュミレーターあんななの?
・山手線が特攻とかは笑ったけど、ラストにしては口の中に注入の絵面が地味すぎやしませんか? 笑
話の格子的には、基本的にパトレイバーの1&2をゴジラにした感じ。なんか共通の別の元ネタあるのかもしれなあたけど。しかしパトレイバー映画のタルコフスキー的静寂がないのは不思議なことに映画を退屈にしてしまっていてツライね
・外人さんのシーンなんかも、ま、全然重要じゃないんだけども、もうちょっとキャラ立てて行ってもいいんじゃない? と思うわけですよ。どっかの研究所の所長さんなんかも、「そんなのデータ盗まれるからダメだ」「いいえやりましょう」だけじゃなくって、ここにもう一芝居ないと人間味を感じない、アニメ的な記号に見えてしまう。
逆に言えば、外国人に人間味を感じていない(あるいはコンプレックスを感じている)世代が描くとこう、という例かもしれないけれど。まあ僕も外人さんっぽいの書けって言われると書きづらくはあるんだよな。

最後に。

・石原さとみがとにかくウザい。お前、妙な英語しゃべんのいい加減にしろ。(笑) 黒木メイサの峰不二子かよ。てか、あれはパトレイバーの香貫花クランシーなんだろうかねぇ。



未分類 | 00:20:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ご無沙汰しまくっております
えー…FC2ブログの記事入力画面は、ずいぶん前にアップデートされて書きやすくなっており、映画も週一のペースでTOHO通いを崩してはいないのですが…

やっぱりツイッターやってるとブログって面倒ですね!!
一旦、心が折れるとブログが書けないっていうのはよく分かります。
アクセス数かせいでないブログに、今、そんなに意味ないもんねぇ。

いろいろやりたい事は多く、そろそろ映画以外の記事も載せたい所ではあるのだけども、なにをやるにしても、もうちょっと余裕が出来ないと難しいかな。
と、そんな所です。

それではまたいずれ


未分類 | 00:40:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
『海よりもまだ深く』


日本人の人生。

マンガやアニメではキャラクターと言うものは記号か物語上の装置でしかなく、それらに比べれば心情描写を連ねやすい小説のキャラクターもどれだけ連ねても分かりやすいように整列された文章でしかありえず、そのため観たり読んだりする手間をつい惜しんでしまいます。
実写映画が好きな理由のひとつは、役者の芝居や映し方によって、そういう記号的な人物像を超えられる所。
人間が一連の表情や仕草から感情や意味を読み取る能力、すなわち空気を読む能力というのは面白いものだな、と思うんですが……まあ平たくと言うとですね、、この映画、ぶっちゃけリアル過ぎて老人が側にいる身としては痛く突き刺さる。
他の方の評とか読んでいても会話がリアルとか言う同意見は多数みたいなので、この感覚は分かる人にはよく分かってもらえると思います。
分からない人というのはどういう人かと言うと、ある程度の年齢に達していない幸せな人。
10代はまず観に来ないだろうから良しとしても、20代、30代だとショボい日常しかないつまんない映画にしか見えないんじゃないでしょうか。
僕ほどの年齢になると、強請った高校生に「あなたみたいな大人になりたくない」と言われて、「スネかじりが」と笑って吐き捨てた阿部寛の方に共感するようになります。(笑)
この映画、「息子に会うためならなんでもするぞ」などと言って、やったのが高校生を強請ることという清々しいまでのダメ男っぷりを、阿部寛が好演しています。
アントマンも娘に会うために犯罪者に逆戻りしてアントマンになったんですが、この映画での阿部寛はヒーローにもなれず、純文学の賞を1回とったきり鳴かず飛ばずのまま、それでも小説家としてやっていきたいと努力だけはしているが全く目が出ない上に、編集者から勧められたマンガ原作にも乗り気にはなれないぐらいの小さなプライドに支えられている男。
(この時の編集さんの態度も、なんだかすごくリアルな感じです)
ええまあ、分かります!! 僕も彼と重なる所の大きい充分なダメ男ですから。未だに「なりたいものになれていない大人」ですから。
でもって、彼のそんな苦悩がこの映画で嫌と言うほど描かれる…と言う訳でもなく、彼と彼の母親、別れた妻、姉、と、家族や元家族を通して、なりたいものになれなかった・なりたいものなんかなかった大人たち、世界はどうだか知らないけども日本における大半の一般人の生きている姿を、この映画は描いていきます。
この年老いた母親を演じる樹木希林がすばらしい。
ボケ老人的な台詞にしなかった脚本も素晴らしいんですが、老人の住まいの匂いまで伝わって来そうな芝居との相乗効果で、ひとつひとつの台詞が本当に切なくなります。
「あんた、私が寝たきりになるのとポックリ逝くのとどっちがいい?」とか「チョウチョがついてきて、お父さんかなーって、まだお迎えはいいですからって」とか、やめろよ!! そういう事日常会話で言うのやめろよーーーー!! そうなんだよ、老人は言うんだよ、そういう事ーー!!
ちなみに「寝たきりに〜」と訊かれた時の阿部寛の最初の返答は、「どっちもやだよ」なんですけれど、そりゃそうだよ!! 僕だって同じ事言うよ! て言うか言ってる気がするよ!
「海街Diary」では編集に僅かな雑味や、原作マンガの台詞だったためかのマンガの台詞臭さは、こちらではなくなっていました。
小津安二郎の「秋刀魚の味」を思わせる指示代名詞「アレ」を多用する台詞が「海街Diary」よりも更に自然な印象になっており、映画としての完成度は高いものになっていたと思います。
暗く押しつけがましい話になりそうなテーマでありながらも、台風一過のように快い感じになっており、地味ながらも良い映画でした。



未分類 | 04:16:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
『アイアムアヒーロー』


ゾンビパニックホラー

映画館で予告観た時点で、「あれ? この手の特撮系日本映画にしては面白そうじゃね?」と感じて気になってたんですが、実際に面白かったです。
この映画には、日本の特撮映画にありがちな特撮臭さがない。
特撮臭さ、というのがどういうものかと言うと……「宇宙刑事ギャバン The Movie」とか「キカイダー」とか平成版の「日本沈没」観てね! (オススメはしませんが)
……例が悪い気もしてきましたけど。

で、僕はこの「アイアムアヒーロー」の原作マンガを、今回の映画の終わりの方までは読んでいたので、ZQNの日本人っぽさや作品のブラックユーモアに新鮮さを感じられなかったのは、ちょっと残念。
大泉洋が鈴木英雄を好演……というよりも、再現度が高すぎて……映画ではただのダメ男として描かれてるけど、マンガの英雄の方は、もうちょっと精神的にひどくて、最初の頃はゾンビものなのか妄想殺人ものなのか分かんなかったぐらいです。
そもそも編集部に持ち込んだマンガが「野菜をゆるキャラにした戦隊もの」とかじゃなかったっけ?
細部で、「そこまでは予算的に出来なかったか」とか「あれはやらなかったか」とか違いを見つけてしまうのですが、それが気にならないぐらいに面白い。
僕、ゾンビものは普段はあんまり見ないんですけどね。

「フィフス・ウェイブ」の時に、「アイアムアヒーロー」が、冴えないおっさんが美女や美少女を守って活躍する姿を見せる事で、男のコケンと女からモテたいという欲望とを同時に満足させるという作品であるのに対して、こちらは、その男女逆バージョン。」と書きましたが、間違ってないんじゃないかな、と思います。
この後、小田さんと比呂美ちゃんつれて湯けむり旅行とかしたりエッチしたりするし。(飛び飛びでたまに読んでる)

またマンガ家志望とか売れないマンガ家とかエロ漫画家とか同人作家とかにとっては、特に最初の方が本当にメチャクチャ痛い作品で、原作知らずに観た絵描き界隈ではショックを受けてる方が続出してるんじゃないかという気がしますが、ええまあ……あんなもんです。(笑)

原作にもあった名台詞
「都庁が三時間で描けるわけねーだろ!!」
が削られてなくって、本当にお疲れ様ですと思いました。
今だと写真をデジタルで線画にしちゃう事も出来るので、現実にある都庁辺りだと逆に早いのかも知れないけど。
地震や爆撃で廃墟と化した都庁、だとかなり大変なんじゃないだろうか。(笑)

そうそう。
この映画、日本では撮影許可が下りずに、高速道路のシーンとかショッピングモールとかが韓国ロケだそうで、こんなところにも「インセンティブがなさすぎてロケ誘致出来ない日本」の話が…と考えてしまったりもしました。


未分類 | 23:56:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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